広告の打ち手しか、見えていなかった

入社してすぐ、先輩の一人から1冊の本を紹介された。

「降伏論」。幸せの方の幸福ではなく、負けを認める方の「降伏」だ。自分のやり方で結果が出ていないなら、まずそれを認めるところから始めよう、という本だった。

前の会社では広告運用を任せてもらえるポジションにいて、割と自信はあった方だと思う。その自信を持ったまま、成果にこだわることを掲げるデジタルマーケティングカンパニーのTHE MOLTSに転職した。入社して9ヶ月。先輩の隣でいろんな場面を見てきた中で、あの本が言いたかったことが、少しずつ分かってきた気がしている。

それはずっと「自分」が起点になっていたことだ。

「どの媒体で配信するか」しか、考えていなかった

先輩と一緒に仕事をするようになって、最初に驚いたのは、案件の入り口の時点で見ているものがまるで違うことだった。

とある案件の相談が来て、先輩とクライアントの打ち合わせに同席した時のこと。

問い合わせの内容はざっくり「広告をやりたい」というものだった。当時の自分は、「このサービスなら、この広告媒体と相性がいいんじゃないか」「こういうターゲティングで配信してみましょう」という提案を考えていた。広告運用者として、それが自分の仕事だと考えていたからだ。

ところが先輩は、広告の話をほとんどしなかった。

最初に聞いたのは、そのサービスの単価、年間で対応できる顧客数、売上の構造だった。そのクライアントは事業を一人で運営しており、対応できる人数にはおのずと上限がある。そこから逆算すると、年間の売上にも上限が見えてきた。

先輩はその数字を整理した上で、「この売上構造で広告に投資して、きちんとペイできるのか」 という話をしていた。広告をどう打つかの前に、そもそも広告をやるべきなのかを問い直していたのだ。

振り返ると、自分は「視野が狭い」というより、視野の外に何があるかすら意識できていなかった。ずっと広告畑でやってきた人間として、管理画面の中でいろいろな取り組みをしてきたけれど、事業のビジネスモデルから切り込んでいくという発想では動けていなかった。

案件の入り口での気づきは、商談だけではなかった。

社内のチャットに、ある広告案件の依頼が届いた時のこと。リソースの問題に加えて経験のない業界だったこともあり、社内に向けてこう返信した。

「経験のない領域なので、僕はお断りさせてください」

すると先輩からメッセージが来た。

「経験ないからお断り=今後経験したことある業種しか担当できませんという宣言だけど、大丈夫ですか」

返す言葉がなかった。自分は「経験があるかどうか」で判断していた。先輩は「クライアントの成果にどうたどり着くか」で判断していた。どちらを起点にしているかが、まるで違った。

頭の中にあることを、そのまま書いていた

先輩との基準の違いは、商談の場面だけではなかった。

クライアントへの広告運用の結果をまとめて、先輩に確認を依頼した時のこと。返ってきたのは、「文章がくどい」 という一言だった。

なるべく分かりやすくまとめようと意識して、気をつけて書いたつもりだった。それでも「くどい」と言われてしまった。

「変に長く書くと言い訳がましく見える。結局何が伝えたいのかを簡潔にまとめた方がいい」

そう言われて気づいたのは、自分が「伝えること」と「伝わること」を混同していたということだ。頭の中で想像したことをそのままテキストに起こしていただけだった。読む相手の目から見て、何が必要で何がいらないか、そこまで考えられていなかった。

ChatGPTを使って文章を簡潔にしてみたこともある。それで提出したら、「まだくどい」 と返ってきたときは、AIを使っても届かないのかと少し笑ってしまった。

施策の前提でも、同じことが起きていた。

あるBtoBの案件で、資料請求のコンバージョン獲得に苦戦していた。かなりニッチな領域で、そもそも悩みが顕在化しているのかも分からない。コンバージョンが取れない原因が、自分では分からなかった。先輩に相談すると返ってきたのは想定外の一言だった。

「資料請求のフォームをとっ払って、誰でも無料でダウンロードできるようにしたらどうか」

最初は驚いた。でも冷静に考えると、自分は「フォームは必要なもの」という前提を一度も疑っていなかった。コンバージョンしない原因は価格の問題か、個人情報を渡す心理的なハードルか、そもそも資料の魅力が伝わっていないのか。フォームを外せば変数が一つ減る。それでもダウンロードされなければ、原因は資料の価値の伝え方にあると分かる。

実際にフォームを外してみたが、ダウンロードする人は増えなかった。つまり、入力のハードルが壁だったわけではない。次に手をつけるべき場所が、はっきり見えた。

報告文では「頭の中にあることを全部書く」のが普通だった。施策では「資料請求にフォームは必要だ」が常識だった。一方で先輩は、どちらも疑っていた。相手の目から見て、本当にそうかを見ていた。

まだ全然できていない。だからこそ、当たって砕けに行く

9ヶ月、いろんな場面で先輩との基準の違いを突きつけられてきた。商談では事業構造から見ていたし、案件の判断では成果への道筋から考えていた。テキスト1本にも、施策の前提1つにも、同じ目線が貫かれていた。先輩は全て「事業成果」が起点だった。

自分自身を振り返ると、ずっと「自分」が起点だったことに気づく。得意な媒体、経験のある業界、自分の頭の中、自分の常識。

先輩と話すたびに自分のいたらなさ、できなさが露呈して、正直、心が折れそうになる時もある。でも、だからこそ、もっと自分から当たって砕けに行かないと、できる成長もないんじゃないかと思っている。怖いけれど、逃げていても何も変わらない。

入社した時に渡された「降伏論」。あの本が言っていたのは、こういうことだったのかもしれない。自分のやり方を手放すことは、負けることではなかった。「自分」を起点にすることをやめて、「事業成果」を起点にするための、最初の一歩だった。

まだ全然できていない。でも、それが分かっただけで9ヶ月前とは違うと感じるし、これからも先輩の隣で学び続けたい。

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