タイトルは「すごそうに見せる」より、等身大で伝えることが大切だった
定期的なチェックの場で、私が書いた記事を先輩に見せた時のこと。先輩が最初に指摘したのは、タイトルだった。「このタイトル、ちょっと盛りすぎじゃない?」
その記事のタイトルは、「AI時代のマーケティング戦略」。クリックを増やしたいという思いから、「AI時代」という大きな言葉を使った。でも、正直なところ、「AI時代」という大きなテーマを、私は語れるほど理解していない。記事の中身も、「AI時代」と言えるほど網羅的な内容ではなかった。
タイトルと中身の乖離。そう言われて、ハッとした。
タイトルを盛りすぎることの2つの問題
1つ目の問題は、読者の期待を裏切ってしまうことだ。
どんな期待値で読み始めたかが、読後の満足度に影響する。
たとえば、「完全ガイド」「決定版」というタイトルの記事を読んだら、期待が高すぎて「思ったより浅かった」と感じることがある。逆に、「ヒント集」という控えめなタイトルの記事が、期待を超えて「参考になった」と感じることもある。同じ内容でも、どんな期待値で読み始めたかで満足度が変わる。
私は「AI時代のマーケティング戦略」というタイトルを付けることで、読者の期待値を上げてしまっていた。「AI時代」という大きな言葉を見たら、包括的で網羅的な内容を期待してしまう。でも、実際の記事はそこまでの内容ではなかった。
期待値が高いまま読み始めたら、内容が良くても「普通」に感じてしまう可能性がある。逆に、適切な期待値で読み始めてもらえれば、同じ内容でも「良かった」と感じてもらえるかもしれない。
2つ目の問題は、ブランドの信頼を損なうことだ。
タイムラインを流し見している時、記事全文は読まなくてもタイトルだけは目に入る。「AI時代」のような大きな言葉を使えば、人によって解釈が広がってしまう。
ある人は「そんな大きなテーマを語れるのか」と疑問に思い、別の人は「また誇張している」と感じるかもしれない。もしその道の専門家の目に入ったら、「そうではないけどな」と思われるかもしれない。記事の中身を読まれる前に、タイトルだけで判断されてしまう。
それが積み重なると、ディスブランディングにつながる恐れがある。
等身大で伝えることの大切さ
ここまで考えて、私は疑問に思った。それでは、期待値を思いっきり下げておけばいいということなのだろうか。
でも、それも違うと気づいた。期待値を上げるとか下げるとかではなく、大切なのは言っていることと、やっていることを一致させることだ。実態以上に大きく見せる必要もないし、実態以下に小さく見せる必要もない。
大切なのは、等身大で伝えること。コンテンツの実態をそのまま、適切な言葉で表現すること。そして、実態そのものを磨くこと。それが読み手にとって誠実なコミュニケーションだと気づいた。
タイトルを見る目が変わった
まず、等身大を意識するようになった。たとえば、もし「マーケティング成功の秘訣10選」というタイトルを付けようとしたら、今なら立ち止まって考える。「秘訣」という言葉は大きすぎないか?実際は「成功事例から学んだこと」くらいが適切ではないか?
そうすると、「3つの成功事例から学んだマーケティングのヒント」のようなタイトルになる。控えめに見えるかもしれないが、読者の期待を裏切らないタイトルだ。
そして、実態を磨くことを意識するようになった。実績がないのに実績があるような感じを出すのは、のちのちギャップで苦しむことになる。ブランディングだと言ってかっこいいコピーを作ったとしても、実態が伴わなかったらディスブランディングになってしまう。
後になってネガティブに働くことを初めからしないこと。そして実力を付けていくこと。それが大切だと学んだ。
完璧にできているわけではない。今でも、つい「すごそうに見えるか」を気にしてしまうこともある。でも、そんな時は立ち止まって「これは、実態を適切に伝えられているか?」と考えるようになった。その問いかけが、タイトルを見る目を少しずつ変えてくれている。
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