社内で口酸っぱく言われるコンテンツマーケにまつわる12の話
インハウスマーケを担当している私は、コンテンツのフィードバックを受ける際、先輩から繰り返し同じことを言われ続けた。「コンテンツそのものではなく、コミュニケーションを考えて」「作り手ではなく、読み手の視点で」「テクニックではなく、本質を大切に」。
正直に言うと、その頃の私は、先輩の言葉を本当の意味で理解できていなかった。だからこそ、何度も同じ指摘を受けてしまっていたのだと思う。
そこで、同じ失敗を繰り返さないために、先輩から学んだことを12個にまとめることにした。コンテンツを作る際に、いつでも振り返ることができるように。まだ完璧にできているわけではないが、少しずつ理解できるようになってきたことを、ここに記録したい。
コンテンツの本質を問い直す
先輩から最初に教わったのは、コンテンツそのものではなく、コンテンツを通じて生まれるコミュニケーションこそが価値だということだった。
1. コンテンツ自体に価値はない
コンテンツを作り始めた頃の私は、完全に「作品」として見ていた。
文章がきれいか、構成が整っているか。「モノとしての完成度」ばかりに意識が向いていて、読み手が何を求めているのか、どんな価値を届けられるのか。そうした視点がすっぽり抜けていた。
ある時、記事を作って先輩に見せた。文章も分かりやすく整えたし、構成も論理的にまとまっている。「今回はうまく書けた」と、心の中では思っていた。
でも、先輩から聞かれたのは、「で、これを読んだ人は、何を得られるの?」という質問だった。
私はすぐに答えられなかった。文章の完成度や構成の良さは説明できる。でも、「読んだ人が何を得られるか」「どんな行動を起こすか」。そこまで考えていなかったのだ。
先輩は言った。「コンテンツ自体に価値はない。価値があるのは、コンテンツを通じて発生するコミュニケーション。記事やデザインという『モノ』を作ることが目的ではなく、読み手と企業の間に『対話』が生まれるかどうか。そこに価値がある」
その時、気づいた。私の仕事は、読み手と企業を結ぶコミュニケーションを生み出すことだった。コンテンツは、そのための手段に過ぎない。作って納品して終わりではなく、良いコミュニケーションが取れているかが判断基準だったのだ。
それ以降、コンテンツを見る目が変わった。「これを読んだ人と企業の間に、どんな対話が生まれるだろう?」と考えるようになっている。
2. 負債になるコンテンツを出さない
「せっかく作ったから」という気持ちに、囚われていた。
作成したコンテンツに気になる点があっても、「修正すれば何とかなるだろう」と公開に向けて進めようとしていた。主語が大きくなっている部分、少し誇張した表現。「このまま出すのはまずいかも」と思いつつも、時間をかけて作ったコンテンツだからこそ、手放すことができなかった。
その時、先輩に相談すると、こう言われた。「出さない、という選択もあるよ」
驚いた。せっかく作ったのに、出さない?でも、先輩は続けた。「コンテンツが公開されていること自体が、ネガティブに働くこともある。0をプラスにするより、マイナスを0にするほうが大変だから」
主語が大きい、誇張している。こうした要素を含んだコンテンツは、読み手に誤解を与え、ネガティブな印象を生む。表面を整えても、それは負債になってしまう。
一度ついたネガティブな印象をプラスに変えることは、とても大変だ。公開前に「ポジティブなコミュニケーションが生まれるか」を考え、ネガティブな要素があるときには出さないと判断する勇気が必要なのだと学んだ。今では、「出さない」という選択も、立派な仕事だと思えるようになっている。
読み手に寄り添う姿勢
作り手の視点だけで完結せず、読み手が何を求めているのか、どう感じるのか。その視点を持つことの大切さを学んだ。
3. 作り手だけにならない
自分の作業環境で完璧にできたら、それで十分だと思っていた。というよりその先をまったく考えられていなかった。
ある時、PC画面で見る限り完璧だったコンテンツを、公開前に見直していた。文章も整っているし、デザインもきれいにまとまっている。自分が納得いくまで作り込むことに集中していた。
その時、先輩が横から覗き込んで言った。「スマホで見た?」
スマホ?実際にスマホで開いてみると、アイキャッチ画像の文字が小さすぎて読めなかった。
さらに、先輩はこう言った。「他の記事と並べて読んでみて」
公開済みの記事と自分の記事を読み比べてみると、文章のスタイルが明らかに違った。トーン&マナー(トンマナ)がずれている。自分の作った記事だけを見ていると気づかなかったが、普段この媒体の記事を読んでいる読者からすると、違和感を感じる部分だった。
私は作り手の視点だけで完結していた。自分が納得いくまで作り込むことに集中して、読み手がどう見るかは考えていなかった。実際の掲載環境でどう見えるか、他の記事と並んだ時にどんな印象を与えるか。作り手の視点だけでは、こうした問題に気づけないのだ。
それ以降、コンテンツを作った後は、必ず「読み手モード」に切り替える時間を作るようにしている。スマホで見る、他の記事と並べて確認する。この習慣を始めてから、公開前に気づける問題が格段に増えた。
4. 読み手に憑依する
読み手として見ることはできるようになった。でも、読み手が「どんな気持ちで読むか」までは考えていなかった。
ある時、コンテンツを作り終えて、先輩に見せた。掲載環境も確認したし、他の記事とのトンマナも合わせた。前回の指摘を活かして、読み手視点でチェックしたつもりだった。
先輩は記事を読んで、こう聞いた。「で、これを読む人は、どんな気持ちで読むと思う?」
その質問に、私は戸惑った。形式的なチェックはした。でも、読み手の「気持ち」までは考えていなかった。
先輩は続けた。「違和感を察知するだけじゃなくて、読み手に憑依する。何を求めているのか、何に反応するのか。それを感じ取ることが大切なんだよ」
憑依する?最初は、「どういうこと?」と思った。
でも、先輩の次の言葉でハッとした。「あなた自身、普段は読み手でしょ?その時の感覚を思い出せばいいんだよ」
そうだった。考えてみれば、私自身、普段は読み手として過ごす時間がほとんど。SNSをスクロールしながら、「面白いな」「なるほど」と思う瞬間がある。日常では、作り手より読み手の時間のほうが圧倒的に多い。なのに、コンテンツを作る時だけ、その感覚を忘れてしまっていたのだ。
だからこそ、読み手だった自分の感覚を思い出す。どんな時に「面白い」と思うのか。どんな時に「つまらない」と離脱するのか。その感覚を思い出して、読み手に近づけるよう努力している。
5. 知っている人を前提にしない
社内の人の名前を出せば、具体的で分かりやすいと思っていた。
ある時、事例記事を作成していた。「松尾さんが担当したプロジェクトでは」「田島さんの事例だと」と、社内の人の名前を出して書いた。具体的な名前を出した方が、読み手にとって分かりやすいだろうと思っていた。
先輩に記事を見せると、THE MOLTSを知らない人が読んだら、どう思うかと聞かれた。
その視点で自分の記事を読み直してみた。「松尾さんって誰?」「田島さんって、どんな人?」知らない人の立場で読むと、次々と疑問が浮かんでくる。知っている前提で書いているから、説明が全く足りていなかった。
確かに、自分が他の企業のコンテンツを読む時も同じだ。社内の人の名前を並べられても「誰?」となる。知っている人だけで盛り上がっている、身内ノリのように感じてしまう。
考えてみれば、私は無意識のうちに「知っている人」を前提に書いていた。でも、コンテンツを読むのは、THE MOLTSをまったく知らない人かもしれない。その人が読んでも「なるほど」と思えるか。それが大切だった。
今では、固有名詞を使う前に「これは初めての人にも伝わるか?」と立ち止まって考えるようになっている。
6. デリバリーごとに設計は違う
コンテンツは一度作れば、色々な場所で使えると思っていた。
ある時、SEO記事を作った後、「SNSでも告知しよう」と思って、記事のタイトルと冒頭文をそのまま投稿した。でも、ほとんど反応がなかった。
先輩に相談すると、SNSを見ている人が何を求めているのか、考えたことがあるかと聞かれた。その質問に、私は戸惑った。
検索する人は「〇〇を知りたい」という明確な目的がある。一方、SNSを見ている人は、パッと目に入って興味を持ったら読む。同じ記事でも、検索から来る人とSNSから来る人では、状態が全く違う。それに気づいていなかった。
先輩から教わったのは、どの場所で読み手と接触するのか、どう届けるのか。デリバリーごとに、コンテンツの設計は全部違うということだった。
だからこそ、SNSで紹介する場合は、記事の内容をそのまま投稿するのではなく、SNSを見ている人が「気になる」と思える文面を別途考える必要があった。どの場所でどのように読み手と接触するのかを想定して設計することを、意識するようになった。
謙虚さと誠実さを保つ
自分たちを良く見せようとするのではなく、読み手にとって価値があるものを作ること。その姿勢が信頼につながるのだと気づいた。
7. 過度にアピールしなくてよい
企業の良さを伝えることが、良いコンテンツだと思っていた。
ある時、記事を作成していた。「私たちはこんな実績があります」「こんなにすごいんです」と、企業のアピールを盛り込んでいた。
先輩に記事を見せると、読み手はこのアピールを読みたいと思うかと聞かれた。
その質問に、私はハッとした。確かに、自分が読み手の立場なら、「この企業はすごい」というアピールではなく、役に立つ情報や面白い内容を求めている。
先輩から教わったのは、伝えなくても、すごさは伝わるということだった。本当に優れたコンテンツであれば、内容そのものが語ってくれる。
思い返せば、私は「この実績を知ってもらいたい」「この成果を見てほしい」という気持ちばかりが先走っていた。読み手が何を求めているかではなく、私たちが何を伝えたいかしか考えていなかったのだ。
その時、記事を書き直してみた。企業アピールの部分を削って、読み手にとって役立つ情報だけを残した。最初は「これでは物足りないのでは」と不安だった。でも、公開してみると、以前よりも反応が良かった。アピールを削ったことで、かえって内容が際立ったのだ。
「すごさを言葉で伝えなくていい。伝わるくらいいいものを作ろう」先輩のこの言葉は、今も心に残っている。アピールすることではなく、コンテンツそのものの質を高めること。そこに集中することが大切なのだと学んだ。
8. 主語の大きさに注意する
目を引くタイトルを作りたい。そう思うあまり、「すべて」「必ず」「絶対に」といった強い言葉を使いたくなることがあった。
ある時、先輩に相談した。どうすれば印象に残るタイトルが作れるのか、分からなかった。
先輩から教わったのは、「主語の大きさ」に気をつけることだった。最初は、何のことか分からなかった。
先輩は具体例を挙げて説明してくれた。以前「オウンドメディアは終焉した」という話題が広がったことがあったが、これは主語が大きすぎる例なのだと。オウンドメディアは目的や役割に応じて15パターンくらいに分けられる。それなのに、たった1つのパターンがうまくいかなくなっただけで「終焉」と言えるのか。
主語が大きいと、伝えようと思っていたことと受け手の理解にずれが生まれ、誤解を招く。さらに、本来ある可能性まで狭めてしまう。そう教わって、ハッとした。私が使いたくなっていた「すべて」「必ず」「絶対に」も、まさに主語を大きくしていたのだ。
この指摘を受けてから、主語の大きさを丁寧に扱うようになった。「すべて」「必ず」「絶対に」といった言葉を使うときは、本当にそう言えるのか、一度立ち止まって考える。誤解を生まない言葉を選び、可能性を狭めない表現を心がけている。
9. 登場人物を減らす
たくさんの事例を入れれば、充実した内容になると思っていた。
あるブログ記事を作成していた時のこと。「この人の事例も入れたい」「あの人の視点も紹介したい」と、様々な事例や人物を盛り込んでいた。
先輩に記事を見せると、登場人物が多すぎて、何の話か分からないと言われた。
驚いた。たくさんの事例を入れることで、説得力が増すと思っていたのに。でも、先輩に言われて自分で記事を読み直してみると、確かに分かりにくい。「Aさんは〜、Bさんは〜、Cさんは〜」と次々に出てくる。「結局、何の話?」と自分でも混乱してしまった。
登場人物が多いと、話の焦点が定まりづらくなる。そして、読み手が混乱してしまう。確かに、自分が記事を読む時も、登場人物が多いと追いかけるのに疲れる。
だからこそ、登場人物を減らせるなら減らして、本当に伝えたい主題がきちんと伝わるようにする。読み手のストレスを減らすために、そぎ落とす。常に読み手のためにできることを考える姿勢を学んだ。
本質を見失わない
テクニックやトレンドに流されず、読み手とのコミュニケーションという本質を見失わないこと。それが最も大切だった。
10. ネタが尽きて閉じたメディアはない
コンテンツを作り続けていると、ある時「もう書くことがない」と感じた。ネタ切れだ。そう思い込んでいた。
先輩に相談すると、ネタが尽きて閉じたメディアはないと言われた。
ネタが足りないと感じる時は、インプットが足りていないか、インプット源が狭まっていることが多い。それに、何がネタになるのかは、読み手が何を知りたいかで変わる。先輩はそう教えてくれた。
確かにその通りだった。自分の中だけで考えていると、同じような発想しか出てこない。でも、本を読んだり、人と話したり、違う業界の事例を見たりしてインプットの幅を広げると、「これもネタになるかも」という気づきが生まれる。読み手が何を知りたいのか。その視点で見つめ直すと、今まで気づかなかったネタが見えてくる。
私が感じていた不安は「ネタがない」からではなく、視野が狭まっていたことが原因だった。
「ネタは、ある」という前提で前に進む。この考え方を教わってから、ネタ切れという言い訳を封印した。
11. シェア協力の促しは甘え
せっかく作ったコンテンツだから、みんなに協力してもらうのは当然だと思っていた。
ある時、コンテンツを公開した後、社内に「コンテンツを作りました。みなさんシェアしてください」と連絡を送った。
その時、先輩から指摘された。お願いしてシェアするのは、やめようと。
SNSは、それぞれが自分のブランディングを考えながら発信している場所だ。「シェアしてください」と頼むのは、相手の個人アカウントを会社の宣伝に使わせてもらうことになる。本当に価値のあるコンテンツなら、お願いしなくてもシェアが生まれる。先輩はそう説明してくれた。
「作りました。読んでください」と通知するのは良い。でも、シェアを依頼するのは甘え。この言葉が、胸に刺さった。
大切なのは、お願いすることではなく、みんながシェアしたくなるものを作ること。それ以降、「シェアしてください」ではなく、「シェアしたくなる」コンテンツを作ることに集中するようになった。
12. テクニックではなく、よりよいコミュニケーションの追求
テクニックこそが正解だと思っていた。「タイトルはこう書くといい」「この型を使うと読まれやすい」。そういったノウハウを実践すれば、良いコンテンツが作れると思っていた。
ある時、テクニック本で学んだ型を使って記事を作成し、先輩に見せた。
先輩に聞かれたのは、読み手はこれを読んで満足すると思うか、ということだった。
テクニックは使った。型も守った。でも、「読み手が満足するか」までは考えていなかった。
先輩から教わったのは、コンテンツマーケもコミュニケーションの一種だということ。良し悪しは受け手が決める。どんなにテクニックを使っても、読み手が求めているものを手に入れられなければ、それは良いコンテンツではない。
大切なのは、「このテクニックを使ったから良い」ではなく、「読み手にとって良いコミュニケーションになったか」。その視点で判断すること。
テクニックは目的ではなく、手段だ。よりよいコミュニケーションを目的として、読み手の立場に立った時に嫌なことはやらない。そう心がけている。
繰り返し言われることの中にある、本質
社内で口酸っぱく言われる12の話。正直に言うと、私自身、まだまだ学ぶことが多く、完璧にできているわけではない。今もよく同じことを指摘されるし、「あぁ、またやってしまった」と反省することも多い。でも、少しずつ変わってきた実感はある。
この12の学びを振り返ってみると、すべてが「読み手とのコミュニケーション」という一つの軸につながっていることに気づく。コンテンツの本質を問い直すことも、読み手に寄り添う姿勢も、謙虚さと誠実さを保つことも。それらはすべて、読み手との良いコミュニケーションを生み出すための視点だった。
以前は「完成度の高いモノを作る」ことが仕事だと思っていた。今は、「読み手とのコミュニケーションが生まれるか」を先に考えるようになった。コンテンツを見る視点が、根本から変わったのだ。
繰り返し言われることの中に、忘れてはいけない本質があった。それは、コンテンツマーケティングとはテクニックではなくコミュニケーションなのだということ。その視点を持ち続けること。それが先輩から学んだすべてだった。
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