目標未達のときに「施策がゴール」になってしまうワケ
デジタルマーケティングの現場で、こんな問題をよく耳にします。
- 目標未達なのに施策報告ばかりしている(「今月も10施策やりました」が成果の代わりになっている)
- 効果検証せずに次々と新施策を投入(ABテスト、新クリエイティブ、配信面拡張を同時並行で実施)
- 他社成功事例の無計画なコピー(戦略的優先順位なしに「あれもこれも」試してしまう)
このようなことは、現実として今もなお多く生じているように感じています。
私はデジタルマーケティングの世界に15年以上身を置き、運用者・コンサルタント・マネージャー・マーケティング責任者・経営者として様々な立場から現場を見てきました。その中で、事業会社も代理店も問わず繰り返し目にしてきた光景があります。それがこの「目標未達時の施策のゴール化」という現象です。
多くの担当者が本来の成果から目を逸らし、施策の実行自体を目的化してしまう。この状況に困っている方は多いのに、なぜこの問題は起こり続けるのでしょうか。
今回は、私の経験を踏まえながら、なぜ施策がゴール化してしまうのか、どのように向き合うべきなのか、実践的な考え方をお伝えします。
※この記事での「施策のゴール化」とは、本来の成果目標(売上・利益・コンバージョンなど)の達成ではなく、施策の実行自体を目的として行動してしまう状態を指しています。
そもそも「施策のゴール化」とは何か
なぜ、このような問題が起きるのか。それを理解するために、まず「施策のゴール化」とは何かを整理しておきたいと思います。
デジタルマーケティングにおける「目標」は、大きく 「成果目標(売上・利益・CV数など)」と「活動目標(施策実行数・改善回数など)」 に分けて考えることができます。本来、活動目標は成果目標を達成するための手段であるはずです。しかし、私の経験では、目標未達が続く状況では、いつの間にか手段である「施策の実行」が目的化してしまうことが多くありました。
要するに、施策のゴール化とは 「成果を出すための手段が、成果そのものにすり替わってしまう現象」 だと言えます。
これは単なる意識の問題ではないんです。構造的に起こりやすい環境が存在しているように感じています。
よくある3つの失敗パターン
私がこれまで見てきた中で、特によく聞く悩みが 「目標未達の焦りから、とにかく何かしなければという思考に陥る」 ことでした。具体的には「とりあえず動く」パターンに偏っていくケースが多かったように思います。
パターン1:とりあえず動く
「目標未達だから、とにかく何かやらないと……ABテストもやって、新しいクリエイティブも作って、配信面も拡張して……」
目標未達が続くと、強い焦りから「何もしないよりマシ」という思考に陥りがちです。効果検証もせずに次々と新しい施策を投入してしまう。そんな状況をよく見てきました。
このパターンの最大の問題は、施策の効果を検証する前に次の施策に移ってしまう ことだと感じています。結果として、何が効いて何が効かなかったのかが分からず、同じような効果の薄い施策を繰り返すことになってしまうのです。
パターン:数撃てば当たる×他社事例コピー
「他社のA社はTikTok広告で成功してるから、うちもやってみよう。B社はインフルエンサーマーケティングで伸びてるから、それも試そう」
戦略的な優先順位をつけずに、他社の成功事例を片っ端から試してしまうパターンです。特に目標未達時には「あれもこれもやりたい」という担当者からのオーダーが増える傾向がありました。
このパターンでは、自社の状況や市場環境を考慮せずに施策を選択してしまう ため、効果的な施策の実行に必要なリソースが分散してしまいます。
パターン3:会議のための施策
「来週の週次会議で『何もやっていません』とは言えないから、とりあえずバナーのABテストでもやっておこう」
定期的な報告会議で「動いている感」を演出するために、形だけの施策を実行してしまうパターンです。
この問題の根深さは、実際の成果改善ではなく、報告内容を充実させることが目的化している 点にあります。会議資料は豪華になりますが、本来の目標達成には寄与しません。
これらのパターンに共通しているのは、本来の成果目標から意識が逸れ、「施策を実行すること」自体が目標になってしまうことだと感じています。
この問題が起こる構造的な4つの原因
「戦略的思考が足りない」「もっと成果にコミットすべきだ」
こんな風に、個人の問題として片付けられがちですが、私の経験では必ずしもそうではありませんでした。「施策のゴール化」が起こるのには、構造的な原因があるように感じています。
原因1:デジタルマーケティングの「場」の特性を理解していない
現代のデジタルマーケティングは、各媒体のアルゴリズムによる自動入札システムの上で成り立っています。GoogleやFacebook、Yahoo!などの各プラットフォームは、機械学習により最適化を行いますが、そのためには統計的に有意な判断ができるだけのデータ量(母数)が必要です。
例えば、1日のコンバージョン数が1、2件しかない商材で、バナーのABテストを実施しても、統計的に意味のある結果を得るためには数ヶ月の期間が必要になります。しかし、多くの現場では「1週間でテスト結果を見たい」という要求がありました。
つまり、「統計的な検証可能性と、短期的な成果要求のギャップ」 が構造的に存在しているのです。
原因2:知識・経験不足が根底にある
効果的な戦略立案のノウハウの不足が根本的な問題だと感じています。特に「施策のインパクトサイズ」と「検証に必要なデータ母数」の理解が不足しているケースが多く見られました。
例えば、CTR(クリック率)を0.5%から0.6%に改善する施策と、CVR(コンバージョン率)を2%から3%に改善する施策では、全体の成果への影響度が大きく異なります。しかし、多くの現場では同じ「1つの施策」として扱われがちでした。
原因3:評価軸の勘違いが問題を拡大
「活動量で評価される」という思い込みが問題を拡大させているように思います。実際には成果で評価されるはずなのに、「たくさん施策をやっている人が頑張っている人」という錯覚を持ってしまうのです。
この勘違いにより、効果の薄い施策を量産することが「積極的な取り組み」として正当化されてしまうことがありました。
原因4:短期的なプレッシャーが判断を狂わせる
月次・四半期の数字に対するプレッシャーが、長期的で戦略的な思考を阻害することがあります。「今月の数字をどうにかしたい」という焦りから、検証期間を無視した施策乱発に陥りがちです。
特に目標未達が続くと、「何もしないわけにはいかない」という心理状態になり、効果が不明な施策でも実行してしまう。そんな状況をよく見てきました。
これらの要因が重なり合って、「そうならざるを得ない環境」が構造的に存在しています。個人の意識や能力の問題ではなく、システムの問題だと感じています。
施策のゴール化を防ぐ3つのアプローチ
では、どうすればよいのでしょうか。私の経験から、実際に効果を感じた考え方をご紹介します。
アプローチ1:施策実行前のインパクト・母数設計
まず重要だと感じているのは、施策を実行する前に「期待できるインパクトサイズ」と「検証に必要な期間・母数」を明確にすることです。
大前提として統計的有意差の視点で、1週間当たり、1ヶ月当たりのクリック数・コンバージョン数の母数を確認し、テストをしたい内容について結論が出るまでどれくらいの期間がかかる可能性があるかを理解してもらうことが重要でした。
この設計により、「1週間で判断したい」という要求に対して、「統計的に意味のある判断をするためには最低○週間必要です」という根拠のある回答ができるようになります。
アプローチ2:媒体の自動入札システムを考慮した母数確保
現代のデジタルマーケティングでは、各媒体の機械学習による最適化が前提となっています。これらのシステムが有効に機能するためには、一定の学習データ(母数)が必要です。
私の経験では、媒体別に以下のような必要母数の目安がありました。
- Google広告 1日あたり15CV以上、最低でも30CV/週
- Facebook広告 1週間で50CV以上
- Yahoo!広告 1日あたり10CV以上
これらの目安を下回る場合は、施策の細分化ではなく統合化を検討し、機械学習が機能する母数の確保を優先することが重要だと感じています。
アプローチ3:後工程まで考慮した全体設計
施策を場当たり的に行うのではなく、後工程の影響まで考慮した設計が必要だと感じています。
特に人材系の場合は、こんな要素を事前に把握することが大切でした。
- エージェントの稼働状況・処理能力
- 求人案件の在庫状況
- 決定率に影響する要因(時期・業界動向など)
これらの制約条件を事前に把握し、広告施策単体ではなく全体フローの最適化を図ることで、真の成果改善につながります。
実際の事例では、「転職決定率が高い登録者だけを集めたい」という理想を掲げながら、そのユーザー比率を考えると月単位で見ても誤差と判断せざるを得ないような母数で地域別に細かく分析していたケースがありました。この場合、細分化ではなく統合的なアプローチが必要だったのです。
まとめ
デジタルマーケティングにおける施策のゴール化の問題(目標未達時の焦り・無意味な施策乱発・検証不可能な細分化)は、現場に共通して存在しているように感じています。
それを前提とした上で、従来の「施策の数」による評価に地道に取り組みつつ、「検証可能な母数での判断」にもチャレンジする ことが、施策のゴール化を防ぐカギになるのではないかと思います。
重要なポイントは、「施策の数より、検証可能な母数で考える」という視点です。また、媒体の自動入札システムが前提となった現代では、機械学習が機能する母数の確保も不可欠な要素となっています。
今ではAIを使って、短時間で統計的な有意差や必要母数の計算ができるようになりました。こうした進化を味方につけて、デジタルマーケティングの可能性を広げていきたいと思います。
著者情報
KENGO MATSUO
Marketing Strategist / Consultant
業界歴17年以上。デジタルマーケティング戦略設計・運用型広告(月額広告費10万円から数億円まで)を中心に支援。新規事業のテストマーケや計画設計も含め、様々なフェーズの支援を経験。
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