広告未経験のチームが自走するまでに取り組んだ3つのこと
ある企業の広告運用インハウス化を支援した時のことです。
その企業では、もともとWebサイトの更新やコンテンツ制作を担当していたマーケティングチームのメンバーが、広告運用も担うことになりました。事業環境の変化に伴うリソースの再配分がきっかけです。
広告の実務は初めてのメンバーがほとんどで、経験がなければ当然のことですが、管理画面を開いても何から見ていいのかわからない状況からのスタートでした。事業部ごとの広告運用も代理店に委託している部もあれば、事業部内で取り組んでいたり、そもそも広告を配信していなかったりなど、状況はまちまちでした。
チームが自分たちで成果を出し続けられる状態をどう一緒に作っていけるか。それがこの支援の問いでした。
自走に必要だった「知る」・「できる」・「成果を出す」の3ステップ
支援の時間には限りがあります。広告の基礎知識は、動画講座やヘルプ記事、ブログ記事など、今は自分で学べる環境が整ってきています。だからこそ基礎学習はメンバーに委ね、支援の時間は事業の目標に対してどう動くかという実務に集中することにしました。資格取得も含めまずは自分で進めてもらう。自分で調べて、自分で手を動かす。それ自体が自走の第一歩でもあると考えていました。ここが1つ目のステップです。
真面目なメンバーが多く、学習自体はしっかり進んでいきました。とはいえ、「知る」と「できる」の間には、やはり距離があります。料理の作り方を知っているのと、実際に作るのは全く違うように、何かを新しく始める時に誰もがぶつかる壁だと思います。
そこで2つ目のステップ「知る→できる」の壁は隣でサポートしながら一緒に手を動かし、少しずつ越えていきました。管理画面を開いて、広告を設定して配信する。ただ、操作ができるようになることと、それが事業の成果に繋がる運用になることは、また別の話です。この支援でチームと一緒にいちばん時間をかけて取り組んだのが、「できる→成果を出す」の部分でした。
成果につなげるために重要だったKPI設計
この企業には複数の事業部があり、KPIは全事業で統一されている状態でした。事業ごとに市場環境も利益構造も違いますが、マーケティング側から各事業部を横断して見る体制では、事業ごとの構造まで踏み込みにくい。「まずは同じKPIで回す」という判断に落ち着きやすい構造がありました。
そこで、事業目標から逆算してKPIを設計し直すところから一緒に取り組みました。CPA単体で管理するのではなく、事業目標から逆算してCPAの許容幅を決めるという設計の仕方です。市場の競合性は高まり続けるので、CPA目標に合わせるだけではどこかで限界が来ます。それよりも、この事業ではどのくらいのCPAまで許容できるのか、どのゾーンを攻めれば事業として広がりやすいのか。そこまで踏み込んで設計し直す必要がありました。
このKPI設計の考え方を支援開始当初に集中的に共有し、各メンバーが担当事業のKPIを宿題として設計し直しました。すでにKPIを持っているメンバーもいましたが、事業の課題とさらにリンクさせるために、事業構造や利益構造まで立ち返りながら一緒に組み直していきました。
その繰り返しの中で、事業部とのやり取りにも変化が出てきたように感じています。そこが最初の転換点でした。
自分で考え、自分で決める経験を積み重ねる
KPIの土台ができても、すぐに成果が出るわけではありません。
「目標100万に対して実績50万です。どうしたらいいですか?」
最初のころ、ミーティングで出てくるのはこういった質問でした。何が起きているかはわかっている。でも、どこから手をつけるかがまだ見えていない。広告運用を始めたばかりの段階では、自然なことだったと思います。
そこでいつも「あなたはどう思いますか?」と返すようにしていました。メンバーが自分なりに内訳を見始める。50万の内訳を、Google広告なのか、Yahoo広告なのか、Meta広告なのか。なぜ落ちているのか、どこに手を打てるのか。そこから一緒に分解していくようにしました。
答えをもらうより自分で考えて出す方が、結果的に力になっていく。そしてそれが、チームが自分たちで成果を出し続けられる状態には必要だと考えていたので、そのまま答えを返す事は極力しないようにしていました。ここが成果を出す、3つ目のステップとして意識した部分です。
定期的に、特定のアカウントをチームで一緒に開いて議論する場も設けました。まず期間を今月に設定して、前月と比較して差分を見る。どこに最大の変化があって、それに対して何を変えるのが一番いいのか。前週の実績をレポートにまとめて発表し、全体目標に対してどこが要因で、対策をどうするかまで出してもらう。こうした場の中で、思考の型がチームの中で少しずつ共有されていきました。
特に変化のきっかけになったのは、メンバーの中で意欲的な人の存在でした。その人がみんなの前で発表すると、他のメンバーも刺激を受けて、ポジティブなサイクルが生まれてきたように感じています。
ある日、質問の形が変わっていた
この支援の中で、あるタイミングから質問の形が変わってきました。
最初のころは「どうすればいいですか?」というオープンな問いかけがほとんどでした。それが、「ここが課題で、こういう対策を実施しようと思います。アドバイスがあればおねがいします」に変わっていきました。自分で課題を見つけて、自分で打ち手を考えた上で、「これでいきたいんですけど、どう思いますか?」という確認になっている。
あ、変わったな、と思いました。
基礎を学習し、実際の運用経験を積み重ね、改善のディスカッションにも真面目に取り組んできたからこそ、その変化は確かなものに感じられました。この案件に限ったことではありませんが、質問の形が変わってきた時はチームの中で何かが動き始めている。そういった感覚があります。
おわりに
質問の形が変わってからは、私の役割も変わっていきました。答えを求められる相手から、壁打ちの相手へ。チームが自ら動いている中で、確認や相談の相手として声がかかるようになっていきました。
チームの変化は、社内にも伝わっていったようでした。運用を始めて3ヶ月ほどでコンバージョン数が倍増し、レポーティングの質も上がって、数値としての成果が見え始めました。そして、それまで事業部ごとにばらばらだった広告運用を、マーケ部門が横断して見ていくという流れが生まれました。事業部側からの信頼が少しずつ積み上がっていった結果だったのだと思います。
そうなると、見えてくる課題も変わってきます。広告運用が回るようになったことで、「次はコンテンツをどうするか」「データをどう活かすか」という話が自然と出てくるようになりました。その企業では、広告の支援の後にコンテンツマーケティングやデータ活用の領域へと、取り組みの幅が広がっていきました。チームが自走できるようになったからこそ、次の課題に目が向くようになったのだと感じています。
著者情報
SHINYA KIKUCHI
Marketing Strategist / Consultant
業界歴16年以上。運用型広告のコンサルティング、インハウス化支援、代理店の組織構築などを行う。 成果を最大化するためのチームビルディングが得意。
記事をシェア